北原白秋

25 26 27 28 29 30 31 32

じりじりと 匍匐しつつも 寄り進む 兵をぞ思ふ その眼力

ひたおもて 戦車にあるは まじろがず その眼射たれけり 両つのその眼

銃向けて 壕に押し並む 鉄兜 眼には堪ふるか 待つある時を

動ぜぬは いよよ見据うと 塹にして 未だは射たず 敵引き寄せぬ

日のさかり 眼射たれて 聴きにける 兵の命の 四方のしづもり

夜戦は 月をこもれば 黍の根に 鳴き澄む虫の その翅すら見む

眼先に 友の屍 凍れるを 月夜堪へつつ 七夜経しとふ

ましぐらに 進み行きける 軍のあと 馬縡切れぬ 草は喰みつつ

砲火絶え 今はあやなき 夜の沼に 馬沈まんず また嘶きて

ひと棟は 盲目のみなる 兵にして 真昼明きに 坐りてありしと

もの言はず 光る戸口へ 面向けて 兵はありきと 盲目なりしと

面あげし 兵の一人は それぞとふ 眼も無かりきと 見て来て言ひぬ

戦盲兵 見て来しといふ 人見れば 眼はあきらけく 頼むあるらし

面笑ひ 照る日に群るる 兵見れば 呆けらるがごとし 耳聾ひにけり

夕河鹿 また聴かざらし 戦聾の 幾人の兵 青葉見てあり

空は見て 答ふるなきは 音絶えし 兵の起居の 性とやなりにし

爆撃音 今は玄けく ありぬらし 聾兵は碁に 余念無しとぞ

つはものは かくしあるべし 先行くと 面もふらず 戦ひ死にぬ

ちちははは 国に捧ぐと ひとり子の 愛児先立たし 老いつつ言はず

和歌と俳句