北原白秋

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我が族 すでに一人は いさぎよし くわうくわうと空に 散りつつ消えぬ

夏空を 翼はららかし 錐揉むと 激し若鷹 眼見据ゑき

誉とぞ 世人讃へむ 我も然り その老いし父も 厳かしくあらむ

電送歌 口授し勢ひし 今出でて 秋草の中に うづくまりぬる

故郷や 今日し響まむ 秋草の 闌けて閑けき かかる日差を

見る見る 黝き蝗の 大群の 空おほひ来る 恐れを言ひぬ

長江の 大き出水は 見るさへや 空をのみ映し 白き積雲

揚子江 遡江しつつも 夜ふけには 耳に入り来と 後引く波

下航する 夜のおそろしさ 言ひにけり 兵揚げて来て 後のむなしさ

あますなき 戦車爆撃を 軍言ひて 虱つぶしに 撃ちに撃ちにけり

哈爾哈河 朝越え来て ほろびたる 蘇蒙の兵に 白夜け長し

戦車来る 音のとどろを 地に伏して 待つま澄みつつ 神はあるらむ

大草原 沙塵捲きつつ 響き来し 百の戦車の 骸燃えにけり

編隊機 けだし進むは 山形と 列並む雁の 一機先かゆき

ノモンハン 火を噴き戦ふ 国境の 上空にして 夏もをはるか

ホロンバイル 夕湖岸に うつ砲の 煙噴きつぎて 未し暑からむ

掃射戦の すさまじかりし 後冷えて パン焼き車 香立てつと

国境線 敢て守りて しづかなる 月夜にしあるか 笛を吹きつつ

口をつく ハロンアルシヤン といふ語韻 新秋にして 我も癒えなむ

ながむらく しづけきがごとし まともにぞ 敢てしぬぎて 大き荒波

竜巻の 幾はしら立つ 冥き海 リーダアの画は 影繁かりき

海を雲へ たつ巻騰る 幾はしら 覆る船は 小さくゑがきつ

海洋の 西洋木版画 帆船描き 地球の円き 弧線があはれ

コロンブスが 卵立てをる その画など 時に笑ましく 思ふことあり

和歌と俳句