和歌と俳句

齋藤茂吉

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三崎行

いちめんに ふくらみ圓き 粟畑を 潮ふきあげし 疾かぜとほる

紺に照る 海と海との 中やまに みづうみありて かぎろひのぼる

入日には 金のまさごの 揺られくる 小磯の波に 足をぬらす

旅を来て かすかに心の 澄むものは 一樹のかげの 蒟蒻ぐさのたま

しみじみと 肉眼もちて 見るものは 蒟蒻ぐさの くきの太たち

ほくほくと けふも三崎へ のぼり馬 粟畑こえて いななきにけり

ひたぶるに 河豚はふくれて 水のうへ ありのままなる 命死にゐる

秩父山

ちちのみの 秩父の山に 時雨ふり 峡間ほそ路に 人ぬるる見ゆ

さむざむと 秩父の山に 入りにけり 馬は恐るる 山ふかみかも

据風呂の なかにしまらく 目を閉ぢて ありがたきかなや 人の音もせず

苦行者も 通りにけらし この水を いつくし細しと いひにけらしも

石斧ひそむ 畑のなかに 草鞋ぬぎ 肉刺をさすりて ひとり居りけり

岨をゆく 人に追ひつき 水わたる 足つめたしと いひにけるかも

時雨

山こえて 片山かげの 青畑 ゆふべしぐれの 音のさびしさ

ゆふされば 大根の葉に ふる時雨 いたく寂しく 降りにけるかも

ひさかたの しぐれふりくる 空さびし 土に下りたちて 鴉は啼くも

しぐれふる 峡にいりつつ うつしみの ともしび見えず 馬のおとすも

現身は みなねむりたり み空より 小夜時雨ふる この寒しぐれ

冬日

橡の樹の ひろ葉みな落ちて 鴉ゐる 枝のさゆれの よく見ゆるかも

ふゆ原に 繪をかく男 ひとり来て 動くけむりを かきはじめたり

しぐれふる 空の下道 身は濡れて 縁なきものと 我が思はなくに

ふゆ空に 虹の立つこそ やさしけれ 角兵衛童子 坂のぼりつつ

くれなゐの 獅子をかうべに もつ童子 もんどり打ちて あはれなるかも

墓はらを こえて聯隊 兵営の ゆふ寒空に 立てる虹かも

向うには 小竹林の 黄の照りの いよよさびしく 日はかたぶきぬ