和歌と俳句

齋藤茂吉

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小竹林

ひるさむき 光しんしんと まぢかくの 細竹群に 染みいりを見む

ひとむらと しげる竹むら 黄に照りて われのそがひに 冬日かたむく

冬さむき 日のちりぢりに 篁の 黄にそよぐこそ あはれなりけれ

うつし身は かなしきかなや 篁の 寒きひかりを 見むとし思ふ

ひとむきに 細篁を かたむけし 寒かぜのなごり ふかくこもりつ

入日さす ほそたかむらを そがひにし 出で入る息を 愛しみにけり

雑歌

野のなかに 自づから深き 赤土ぞこに 春さりくれど 霜をむすぶに

しづかなる 冬木のなかの ゆづり葉の にほふ厚葉に 紅のかなしさ

けむりのぼる 砲工廠の 土手のへに 薄はしろく 枯れにけるかも

あが母の 吾を生ましけむ うらわかき かなしき力 おもはざらめや

ははそはの 母をおもへば 假初に 生れこしわれと 豈おもはめや

水のへに かぎろひの立つ 春の日の 君が心づま いよよ清しく

あわ雪の ながれふる夜の さ夜ふけて つま問ふ君を 我は嬉しむ

きぞの夜に 足らひ降りけむ 春の雪 つまが手とりて その雪ふます

いばらきの 大津みなとに 篝火たき 泊てたる舟に をさなごのこゑ

富坂を 横にくぐりて どぶのみづ 砲工廠に 入りにけるかも

機関銃の 音のするどき 境内を のびあがり見れば 土手ふくれ見ゆ

春雨

春雨は 降りて幽けし この夜半に 家のかひ馬の 目ざむる音す

春の夜の 雨はふりつつ 聞こえくる 家の小馬の 前掻のおと

春雨は くだちひそまる 夜空より 音かすかにて 降りにけるかも

外面には 春雨あはれに 音しつつ さ夜更くれども われは寝なくに