和歌と俳句

齋藤茂吉

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アララギの 友あひ集ふ 歌がたり 登瀛閣の 燈火あかく

同胞は 営まむとして いろいろの 樹を植ゑにけり この異ぐにに

この海に 刀魚釣るを 楽しむと わが同胞は 語りてやまず

老虎灘の 空になびける うすき雲 冬来むとして たなびける雲

驢馬騾馬の 列つらなりて 老虎灘の この岩道を 越えゆくらしも

伊勢町を 夜もとほれば 植木市あり 身に染むものか 小さき紅葉も

羅振玉翁の家にて 友待つ間 朱墨の大きなるを 買ひ得たり

共和楼に 高粱酒をも 少し飲み 吾が血脈を 太くならしむ

大連の 図書館に来て 一たび見たり 海源閣本 楊紹和氏の書

大連の 浪速町をも 素どほりす 明日は金州へ 立たむとすれば

督軍等の 家々が見ゆ 心安んずれば 子孫のためをもおもふ

鼻ほじる 小孩が立つ 水辺の 直ぐかたはらに 鵲居りて

海岸に 近づき来れば 塩田もあり 龍王塘の 水源地いづく

玉の浦の 海岸の浪しろし 旅大八景も 間も無く過ぎむ

うつくしき 海辺をとほる 時ありて 自動車を降る 七分あまり

鉢巻山と 簡素なる名をつけて 薄りてゆきし 山は近しも

二龍山堡塁に坑道を鑿りたりし その戦を 偲びてやまず

飛行機の 無かりし戦に もろともに 命をかけし 跡どころこれ

ゆるやかに しづまりかへる あたの堡に 勇猛の兵 せまりてかへらず

水師営の 会見所にて 書きとどむ「棗の樹より血しほ出でけむか」