和歌と俳句

齋藤茂吉

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ひむがしの 陵くれば 朝靄の ひくき国内に 渾河がながる

天柱隆崇と 歌ひたまへる みささぎは 谷のまにまに 此処にこもれり

松木立 ふかきにこもる 陵よ 童子いはく 門不開門不開

東陵の 裏のたをりに 国ゆくや 渾河のながれ 既に見おろす

紅き扉は 閉されありて 山の小鳥の 声おびただし あやしきまでに

この陵の 門も屯兵に まじりゐて 少年兵の をさなきこゑす

みたまやの 外園をなす 浅き谷 紅葉すがれて 朝のつゆじも

草の実の 赤き採りつつ 疱瘡の 痕ある童子 ここにも遊ぶ

うねりたる 渾河見えそむ 秋空の ふかぶかとせる その下びにて

つゆじもに 濡れたる草に かすかにて 音にしいづるは 蟋蟀ならず

寝陵を のぞみめぐれば 親しきや 鵲ひくく 谷をし渡る

黒々としてよこたはる 炭鉱を 天が下に見て 言ぞきはまる

広大にして 露天掘なる 炭鉱を 旁観的に 吾も観がたし

目前に 十億噸の 石炭を 蔵することを 知れよとぞいふ

炭鉱の うへをしづかに めぐりたり 張学良の 飛行機一機

遠くまで 指さす方を 目守りけり 大山坑にての 犠牲の話

わがそばに 克琴といふ 小婦居り 西瓜の種子を 舌の上に載す

野のはての 低き家むら 見つつ来て 撫順の一夜 腹をいたはる

天然を 征服しつつ あるところ 人の行為の 不邪気迅速

わが体に 蝕れむばかりの 支那少女 巧笑倩兮といへど解せず

撫順城、旧市街、新市街、すべては渾河の 岸に成りけり

時々に 鈍き爆破のおとするを 聞きつつ「小心小偸」の 貼紙見居り