和歌と俳句

與謝野晶子

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わかき子が 髪のしづくの 草に凝りて 蝶とうまれし ここ春の国

結願の ゆふべの雨に 花ぞ黒き 五尺こちたき 髪かるうなりぬ

罪おほき 男こらせと 肌きよく 黒髪ながく つくられし我れ

そとぬけて その靄おちて 人を見ず 夕の鐘の かたへさびしき

春の小川 うれしの夢に 人遠き 朝を絵の具の 紅き流さむ

もろき虹の 七いろ恋ふる ちさき者よ めでたからずや 魔神の翼

酔に泣く をとめに見ませ 春の神 男の舌の なにかするどき

その酒の 濃きあぢはひを 歌ふべき 身なり君なり 春のおもひ子

花にそむき ダビデの歌を 誦せむには あまりに若き 我身とぞ思ふ

みかへりの それはた更に つらかりき 闇におぼめく 山吹垣根

ゆく水に 柳に春ぞ なつかしき 思はれ人に 外ならぬ我れ

その夜かの夜 よわきためいき さまりし夜 琴にかぞふる 三とさは長き

きけな神 恋はすみれの 紫に ゆふべの春の 讚嘆のこゑ

病みませる うなじに繊き かひな捲きて 熱にかわける 御口を吸はむ

天の川 そひねの床の とばりごしに 星のわかれを すかし見るかな

染めてよと 君がみもとへ おくりやりし 扇かへらず 風秋となりぬ

たまはりし うす紫の 名なし草 うすきゆかりを 歎きつつ死なむ

うき身朝を はなれがたなの 細柱 たまはる梅の 歌ことならぬ

さおぼさずや 宵の火かげの 長き歌 かたみに詞 あまり多かりき

その歌を 誦します声に さめし朝 なでよの櫛の 人はづかしき