御手づからの 水にうがひし それよ朝 かりし紅筆 歌かきてやまむ
春寒の ふた日を京の 山ごもり 梅にふさはぬ わが髮の乱れ
歌筆を 紅にかりたる 尖凍てぬ 西のみやこの この春さむき朝
春の宵を ちひさく撞きて 鐘を下りぬ 二十七段 堂のきざはし
手をひたし 水は昔に かはらずと さけぶ子の恋 われあやぶみぬ
病むわれに その子五つの をととなり つたなの笛を あはれと聞く夜
とおもひて ぬひし春着の 袖のうらに うらみの歌は 書かさせますな
かくて果つる 我世さびしと 泣くは誰ぞ しろ桔梗さく 伽藍のうらに
人とわれ おなじ十九の おもかげを うつせし水よ 石津川の流れ
卯の花を 小傘にそへて 褄とりて 五月雨わぶる 村はづれかな
大御油 ひひなの殿に まゐらする わが前髮に 桃の花ちる
夏花に 多くの恋を ゆるせしを 神悔い泣くか 枯野ふく風
道を云はず 後を思はず 名を問はず ここに恋ひ恋ふ 君と我と見る
魔に向ふ つるぎの束を にぎるには 細き五つの 御指と吸ひぬ
消えむものか 歌よむ人の 夢とそは そは夢ならむ さて消えむものか
恋と云はじ そのまぼろしの あまき夢 詩人もありき 画だくみもありき
君さけぶ 道のひかりの 遠を見ずや おなじ紅なる 靄たちのぼる
かたちの子 春の子血の子 ほのほの子 いまを自在の 翅なからずや
ふとそれより 花に色なき 春となりぬ 疑ひの神 まどはしの神
うしや我れ さむるさだめの 夢を永久に さめなと祈る 人の子におちぬ