和歌と俳句

與謝野晶子

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露さめて 瞳もたぐる 野の色よ 夢のただちの 紫の虹

やれ壁に チチアンが名は つらかりき 湧く酒がめを 夕に秘めな

何となき ただ一ひらの 雲に見ぬ みちびきさとし 聖歌のにほひ

神にそむき ふたたびここに 君と見ぬ 別れの別れ さいへ乱れじ

淵の水に なげし聖書を 又もひろひ 空仰ぎ泣く われまどひの子

聖書だく子 人の御親の 墓に伏して 弥勒の名をば 夕に喚びぬ

神ここに 力をわびぬ とき紅の にほひ興がる めしひの少女

痩せにたれ かひなもる血ぞ 猶わかき 罪を泣く子と 神よ見ますな

歌に名は 相問はざりき さいへ一夜 ゑにしのほかの 一夜とおぼすな

水の香を きぬにおほひぬ わかき神 草には見えぬ 風のゆるぎよ

ゆく水の ざれ言きかす 神の笑まひ 御歯あざやかに 花の夜あけぬ

百合にやる 天の小蝶の みづいろの 翅にしつけの 糸をとる神

ひとつ血の 胸くれなゐの 春のいのち ひれふすかをり 神もとめよる

わがいだく おもかげ君は そこに見む 春のゆふべの 黄雲のちぎれ

むねの清水 あふれてつひに 濁りけり 君も罪の子 我も罪の子

うらわかき 僧よびさます 春の窓 ふり袖ふれて 経くづれきぬ

今日を知らず 智慧の小石は 問はでありき 星のおきてと 別れにし朝

春にがき 貝多羅葉の 名をききて 堂の夕日に 友の世泣きぬ

ふた月を 歌にただある 三本樹 加茂川千鳥 恋はなき子ぞ

わかき子が 乳の香まじる 春雨に 上羽を染めむ 白き鳩われ