和歌と俳句

齋藤茂吉

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夏の夜空

墓原に 来て夜空見つ 目のきはみ 澄み透りたる この夜空かな

なやましき 眞夏なれども 天なれば 夜空は悲し うつくしく見ゆ

きやう人を 守りつつ住めば 星のゐる 夜ぞらも久に 見ずて経にけり

目をあげて きよき天の原 見しかども 遠の珍の ここちここすれ

ひさびさに 夜空をみれば あはれなるかな 星群れて かがやきにけり

空見れば あまた星居り しかれども いよいよとほく ひかりつつ見ゆ

汗ながれて ちまたの長路 ゆくゆゑに かうべ垂れつつ 行けるなりけり

ひさびさに 星空を見て 居りしかば 己れ親しく なりてくるかも

土屋文明へ

おのが身を あはれとおもひ 山みづに 涙落しし 君を偲ばむ

ものみなの 饐ゆるがごとき 空戀ひて 鳴かねばならぬ 蝉のこゑ聞ゆ

もの書かむと 考へゐたれ 耳ちかく 蜩なけば あはれに聞ゆ

夕されば むらがりて来る 油むし 汗あえにつつ 殺すなりけり

かかる時 菴羅の木の實 くひたらば 心落居むと おもふ寂しさ

むらさきの 桔梗のつぼみ 割りたれば 蕊現れて にくからなくに

秋ぐさの 花さきにけり 幾朝を みづ遣りしかと おもほゆるかも

ひむがしの みやこの市路を ひとつのみ 朝草車 行けるさびしさ