和歌と俳句

齋藤茂吉

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停電

晩夏のひかり しみとほる 見附した むきむきに電車 停電し居り

しづかなる 午後の日ざかりを 行きし牛 坂のなかばを 今しあゆめる

夏の日の 照りとほりたる 街なかを ひと往き来れど しづけさあはれ

午後の陽の 照りのしづまり 停電の 電車は一つ 坂うへに見ゆ

停電の 街の日でりを 行きもどる 撒水ぐるまの 音のさびしさ

午後

海山より とどきしたよりの いくつにも 返事せず けふも暮れなむ

うつうつと 暑さいきるる 病室の 壁にむかひて 男もだせり

はりつめて ことに隨はむ わがこころ 眞夏八十日も つひに過ぎなむ

寒蝉は 鳴きそめにけり なりはひの しげく明けくれて 幾日か経たる

馬追

馬追の 来啼ける夜と なりけりと 人に告げざらむ ききのさびしさ

馬追は つひに来啼けり さ庭べの 草むらなかに 雨ふるおとす

いそぎ啼く 馬追がねや めざめゐて 心さびしめる われもこそきけ

あかときは いまだをぐらし さむざむと わがまぢかくに 馬追なけり

あかつきの 馬追ききつ 悔しみて ひとりめざめゐる 心ゆらぎに

あわただし 明暮夜の まぐりさへ 言問はぬかなや 青き馬追