和歌と俳句

齋藤茂吉

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箱根漫吟

山がはの 鳴りのひびきを 吾嬬の 家さかり来て 聞けばするどし

いきづめる 我が目交に あらはれし 鷹の巣山に 天つ日照れり

秋ふけし 箱根の山を あゆみつつ 水のべ来れば 吹く風さむし

ちり亂るる 峡間の木の葉 きぞの夜の あらしの雨に 打たれけるかも

たたなはる 八峯の上を 雲のかげ 動くを見れば 心すがしも

かみな月 十日山べを 行きしかば 虹あらはれぬ 山の峡より

くろがねの いろに照り立つ 高山の 尾ぬれは深く 谿にしづめり

こほろぎの ほそく鳴きゐる 山上を 清に照して 月かたぶきぬ

いにしへの 碓氷峠の のぼり路に われを恐れて 飛ぶ小鳥あり

ゆふぐれの 道は峡間に 細りつつ 崖のおもより こほろぎのこゑ

乙女峠に 風さむくして 富士が嶺の 裾野に響き 砲うつを見つ

澄みはてし 空の彼方に とほざかる 双子の山の 秋のいろはや

長崎へ

おもおもと 雲せまりつつ 暮れかかる 伊吹連山に 雪つもる見ゆ

西ぞらに しづかなる雲 たなびきて 近江の海は 暮れにけるかも

佐賀駅を 汽車すぐるとき 灰色の 雲さむき山を しばし目守れり

長崎の みなとの色に 見入るとき 遙けくも吾は 来りけるかも