ひろひ来て 佐渡のなぎさの 赤き石 われは愛しき 空襲のした
うち日さす ところの岡は 相模なる 小野のごとくに 曼珠沙華あかし
その音は あるときにわが 身に沁みぬ 地下道電車の 戸のしまる音
終戦となり かうべを俯して行きし 高萱の野に 霜ふらむとす
今の代は 古き労働者ならず ポンペイを か行きかく行き見れば
夜半すぎて 寐ぐるしくなる時のあり さもあらばあれ 息をしづむる
予の知れる 英雄にても 今の代に いたし方なく 運命の過剰を棄つ
この山の 草に住む蛍の 幼蟲も 夜々にひかれば かなしむわれは
かへり打ちに なりて果てたる 物語 封建の代の 涙とどむる
みづからの 落度などとは おもふなよ わが細胞は 刻々死するを
沈鬱なる 日本のくにの 一時間 のがるべからぬ この一時間
老いしわが眼よりながるる感涙も すでに他人に見しぬるものならず
新年に あたたかき餅を 呑むことも あと幾たびか 覚めておもへる
山みづの 入りくる池に 白き鯉 かうべを並めて 遊ぶを見れば
朝なさな 三朝川べに おりたちて ひとを思へば 心あたたまる
たかむらの 中ににほへる 一木あり 柿なるやといへば 「應」とこそいへ
いまの代に 老いつつ吾は 見つれども 苔の深きは あはれなるもの
柿の葉の 朱いろの一葉 もち来り わがゐる畳の うへに置きたり
山みづの 清き流れに ゐもり住む ゐもりの住むは 人のためならず
秋ふけし 苔よりいづる 山みづを 遠き石見路に われは見にけり
二尺にも 足らはぬ柿の その落葉 からくれなゐに 染まりてゐたり