和歌と俳句

齋藤茂吉

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波多禮

まどかにも 降りたる雪か ためらはず 降れるものかも 今朝のはだれは

早春の 寒さ身ぬちに 透れども 血はすがすがし をとめ等をとこ等

高山に 日にかがやける 雪ふりて 日本の國は いやあたらしき

有磯にて 相呼ぶ千鳥の こゑきけば 樂しくなりぬ くるしみびとも

銀杏の實

新年といへば何がなく豊かならずや 銀杏などを あぶり食みつつ

老身よ ひとり歩きを するなかれ かかる聲きけど なほ出で歩く

いそがしく 山陰道を 旅せしに つはぶきの花 すでににほひき

霜ふらむ 時ちかみかも この山に ひよ鳥のこゑ 多くきこゆる

温泉の うしろの山に 毬ごもり 赤き栗の實 おちたるも好し

いさぎよく 霜ふるらむか 鴨山が すでに紅葉せる その色みれば

空襲に 焼けざる京の ゆふしぐれ 堀川のべに わがゐたるとき

一月一日

山茶花は 白くちりたり 人の世の 愛戀思慕の ポーズにあらずして

なにゆゑに われに迫るか 知らねども 初冬の雷の ひびきわたれる

ふきいづる 火山の上に みづからの 命たたむとす 苦しかるらむ

一様の ごとくにてもあり 限りなき ヴアリエテの如くにてもあり 人の死にゆくは

しづかなる 天にむかひて ひびかなむ キリストの鐘も 佛陀の鐘も

新年

あらたまる 年のはじめに たひらぎの 心きはまりて 飯はむわれは

白雪の ながらふる今朝の あかつきに 新年きたる よろこびの聲

いく薬 つぎつぎに世に あらはれて 老の稚の いのち樂しも

いすなべて 革まらむと するときに わが持つ力 ためらふべしや

くれなゐの 梅のにほはむ 春となり 悲しき時代 はやも過ぎこそ