和歌と俳句

齋藤茂吉

11 12 13 14 15 16 17 18 19 20

やうやくに 足を馴らすと 小公園に けふも来りて 猿みてかへる

大石の うへに草生ふる ころとなり 菊科の花が 一つにほへる

月の夜に 馬追のこゑ 透りしが 九月になりて 空さだめなき

八月も 今し盡きむと 山家なる 雨のゆふぐれ 次男炊事をする

わが六十八歳の夏 一山の 木々がひびきて 二百十日前夜

海外の ことに及べば ルマニアの 國堺線に 戦車群れつと

二百十日の 前日にして くすしくも この外輪山に あふれみなぎる雨

雨もりが ところどころに せしゆゑに バケツを当てて そのままに寝る

ともしびを つけむ方法も 無くなりて キテイ颱風 荒れに荒れくる

颱風の なごりあらあらしく 残りゐて 濡れたる壁を 今もしらぶる

満月は 杉のあひだに かがやきて 強羅の山に われはまだ居る

杉の秀より 一尺あまり へだたりて こよひ月讀の 光まどかなる

身に沁みて われに聞こえぬ ほど近く 強羅山荘にて 釘を打つおと

リヒアルト・シユトラウス 南獨 ガルミツシユにて歿す 九月八日

秋はれ

秋はれの 空にはじめて けふなりぬ 予期せざる客 六人ばかり来て

すこやかに ありや否やと 金瓶の 十右衛門のこと おもふ日のあり

大石田 ながらふる最上の 川波の さやけきころと なりにつらむか

われひとり 山形あがたの 新米を 食ふよしあらば 食はむと思ふ