和歌と俳句

齋藤茂吉

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代田に住みて 月のかがやきを ふりさけし その一たびも おぼろになりぬ

時として ベルリン郊外の ワン・ゼエにも 心の及ぶ 老人われは

単独に 外出すなと いふこゑの 憂鬱となる けふの夕ぐれ

戦後派の 一首の歌に 角砂糖の 如き甘きもの 少しありたり

一人ゐて 坐る机の まへにして 蠅とびくれば あなうるさうるさ

秋の丘に 整理されたる 畑あり 黒きにとなり 大根の列青々

硯の中に 墨みづのかたまりが 老いたる人の 憂ひのごとし

大政治家まがひの面持 するもよし 細君などに 自慢するべく

好山が 朱泥のごとき 色となり 遠く遙かに なりてゐたるを

一年を かへりみすれば 茫として この一年は 短きごとし

歳末に 今年もなりぬ 十和田湖の もみぢ紅きを つひに見ずして

平凡に 過ぎしがごとく 見ゆれども ねぐるしかりし この一年ぞ

ゆたかなる 牡丹の花の 咲くころと なりにけるかも 日ねもす眠し

世界こぞり 湯川博士を 讃ふるを 同胞のわが うれし涙いづ

ゑだくみの 聖はたふと うつつなる みいのちながし いよよさやけく