和歌と俳句

與謝野晶子

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かきつばた 白き国には 王います 少女の国は むらさきにして

おこなひに 後夜起すなる 大徳の しはぶくころに 来給ふものか

大原や 呂川津川 花うけぬ 浄地をいづる 流れのくまに

後の悔 あまた手にもつ 醜童子 目の中かよふ あさましき時

宿曜師 めだたきさまを 云ひにける 宿世ともなき いくとせを見ぬ

君を見ぬ 新らしき日の 歓声と かの終焉の 歌まじるまに

山ざくら 愛宕まうでは から臼の 晋ならびたる 里の中ゆく

今日見るは 大人に足らぬ 黒髪を あじろに組める 君ならなくに

十月や 雪をおもひて 山ふるふ 日にちる原の 秋草の花

まなくちる 白の牡丹の 花びらに うもれて死ねる 手とり覚しぬ

のみぬけの 父とどらうつ 兄者人の 中に泣くなる わが思ふ人

兄たちは 胡桃をくらふ ぬりごめの 小きけものの 類に君よぶ

目さむれば 外の靄にほひ 夏木きる 大はさみ鳴る 枕上かな

花草の 原のいづくに 金の家 銀の家すや 月夜こほろぎ

桜さく 山のやうにも 絹屋はり 舞人あまた いこはせにけり

しろがね矢 おへる丹の頬の 助勢の きたるを覚ゆ 海をし見れば

運命の 神の未定の のちの日の 後の日までも 変りたまふな

銭さしに 十文ばかり 鳥目を させるとゆきぬ 秋風の路

風ふけば 馬に乗れるも 乗らざるも まばらに走る 秋の日の原

さいかしの 花のやうなる 瞳して 心さかしき 兄嫁に似ず