和歌と俳句

與謝野晶子

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来啼かぬを 小雨ふる日は うぐひすも 玉手さしかへ ぬるやと思ふ

魔におつる これは人かと 神に似し 力おぼえて わが思ふ時

わがいつく 一の位に 本体の なしと思はず わかれし後も

京の橋 千鳥とぶなり 延次郎の うすき茜の のぼりの上に

ただ中に 夜明の家の 大いらか 金の色する 梅の原かな

水無月の 那智の奥より 山の風 三熊野川の 川原菅ふく

ふるさとの 渚にしぶく しら波を ふとも思ひぬ 一群の鳥

あざまずや 小さき二人の 母とよぶ 本意とげ人の おとろへやうを

あさましく 涙ながれて いそのかみ 古りし若さの 血はめぐりきぬ

これ天馬 うち見るところ 鈍の馬 埴馬のごとき をかしさなれど

ほのぼのと 人顔見ゆれ 白とばり 宮の産屋の 白調度ども

美しく 頬にひく糸を おん耳の うしろにはさみ もの云ふ君よ

金の盞 母の供料に いささかの 飯とりまつる 日をや思ひし

うちうちに 夢をまじなひ 経よませ 見じとねがひし 日にあひにける

都にも 円き山ふく 風ありて 柳ちる日と かきもこすかな

一瞬に 天に帰らむ 気色すと 云へども波は 消えゆくものを

菊の花 筒井の横の 通ひ路の くねくね道の 月の夜の霜

白き花 紅にまじりぬ 逢ひそめて しら寝しにける 日のかずばかり

さやけき音 わが住む山の 下にきて いかづちたちが 霹靂を投ぐ

少女子は 御胸に入りて 一天下 治むるごとき こととり申す