王者ならず われはさもしき 万戸侯 あり足ると云ふ にくき人かな
秋まつり うこんの帯し 螺を鳴らし 信田の森を ねるは誰が子ぞ
雨の日は われを見にこず 傘さして 朝がほつめど 葵をつめど
梅雨さりぬ まづはなだ草 初夏の 瞳をあげて よろこびを云ふ
春の月 車きよげに よそほはせ こよとやりなむ 西と東に
天竺の 流沙にゆくや 春の水 浪華の街を 西すみなみす
ふるさとを 恋ふるそれより ややあつき 涙ながれき その初めの日
菊の花 黄なるは秋の 家にふかむ 白きは敷かめ おん通路に
尋をつむ 雪の小ぐらき 北国の たそがれに鳴る わびしき鐘よ
春の朝 うす二あゐの 海上に ただよふ船の まろうどにして
春の水 ながるる音を そら耳す 西の都の こひしき夜半に
二三騎は 木の下かげに はたはたと 扇つかへり 下加茂の宮
あぢきなく 古き戸口に よりふしぬ 香る衣は かづくと云へど
歌よむと 外法づかひを いむごとく 云ひける兄の けふもこひしき
なほかくて にほへるものか としごろの 主はなき宿に くろ髪の花
緋の糸は はやうくちぬけ 桐の紋 虫の巣に似る 小琴のふくろ
うぐひすの 木立いでくる 暁に 好ありきする 春の雨かな
しらしらと 涙のつたふ 頬をうつし 鏡はありぬ 春の夕に
粉黛の 仮と命の ある人と 二あるがごとき 生涯に入る
思ふ人 ある身はかなし 雲わきて つくる色なき 大ぞらのもと