和歌と俳句

若山牧水

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山の雨 しばしば軒の 椎の樹に ふりきてながき 夜の灯かな

立川の 駅の古茶屋 さくら樹の 紅葉のかげに 見おくりし子よ

旅人は 伏目にすぐる 町はづれ 白壁ぞひに 咲く芙蓉かな

家につづく 有明白き 萱原に 露さはなれや 鶉しば啼く

あぶら灯や すすき野はしる 雨汽車に ほほけし顛の 十あまりかな

戸をくれば 朝寝の人の 黒かみに 霧ながれよる 松なかの家

霧ふるや 細目にあけし 障子より ほの白き秋の 世の見ゆるかな

霧白し しとしと落つる 竹の葉の 露ひねもすや 月となりにけり

野の坂の 春の木立の 葉がくれに 古き宿見ゆ 武蔵の青梅

なつかしき 春の山かな 山すそを われは旅びと 君おもひ行く

思ひあまり 宿の戸押せば 和やかに 春の山見ゆ うち泣かるかな

地ふめど 草鞋声なし 山ざくら 咲きなむとする 山の静けさ

山静けし 峯の上にのこる 春の日の 夕かげ淡し あはれ水の声

春の夜の 匂へる闇の をちこちに よこたはるかな 木の芽ふく山

汽車過ぎし 小野の停車場 春の夜を 老いし駅夫の たたずめるあり

日のひかり 水のひかりの 一いろに 濁れるゆふべ 大利根わたる

大河よ 無限に走れ 秋の日の 照る国ばらを 海避けて行け

松の実や 楓の花や 仁和寺の 夏なほ若し 山ほととぎす