海底に 眼のなき魚の 棲むといふ 眼の無き魚の 恋しかりけり
わが足の つきたる地も うらさびし 彼の蒼空の 日もうらさびし
静やかに さびしき我の 天地に 見えきたるとき 涙さしぐむ
死にがたし われみづからの この生命 食み残し居り まだ死に難し
光無き いのちの在りて あめつちに 生くとふことの いかに寂しき
手を触れむ ことも恐ろし わがいのち 光うしなひ 生を貪る
たぽたぽに 樽に満ちたる 酒は鳴る さびしき心 うちつれて鳴る
寂しさは 屍に似たる わが家に この酒樽は おくられて来ぬ
この樽の 終のしづく 落ちむ時 この部屋いかに さびしかるべき
酒樽を かかへて耳の ほとりにて 音をさせつつ をどるあはれさ
おとろへし わが神経に うちひびき ゆふべしらじら 雪ふりいでぬ
ゆふぐれの 雪降るまへの あたたかさ 街のはづれの 群集の往来
ひとしきり あはく雪ふり 月照りぬ 水のほとりの 落葉の木立
白粉の こぼれむとする 横顔に 血の潮しきたり たそがれにけり
窓かけの すこしあきたる すきまより 夜の雪見ゆ なむげなる女
投げかけし 女ひとりの たましひを あはれからだを 抱きなやめり
酔ひはてて 小鳥のごとく 少女等は かろく林檎を 投げかはすなり
のびのびと 酒の匂ひに うちひたり 乳に手を置き ねむれる少女
一時の鐘 とほくよりひびき いや深に 三月風吹く 夜のなやむかな
玉のごとき なむぢが住める 安房のなぎさ 春のゆふべを おもひかなしむ