和歌と俳句

若山牧水

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ほろほろと 啼くは山鳩 さしぐめる ひとみに青し 木の間松の葉

黄なる山 まれに聞ゆる 落葉は かなしき酒の 香に似たるかな

秋かぜの 信濃に居りて あを海の 鴎をおもふ 寂しきかなや

わがいのち 闇のそこひに 濡れ濡れて 螢のごとく 匂ふかなしさ

あざれたる われの昨日の 生活の 眼にこそうつれ 秋草に寝る

酒嗅げば 一縷の青き かなしみへ わがたましひの ひた走りゆく

秋かぜの 都の灯かげ 落ちあひて 酒や酌むらむ かの挽歌等は

こほろぎの 入りつる穴に さしよせし 野にまろび寝の 顔のさびしさ

さらばいざ さきへいそがむ 旅人は 裾野の秋の 草枯れてきぬ

山麓の 古駅の裏を ながれたる 薄にごり河の 岸はなつかし

火の山の いただきちかき 森林を 過ぎらむとして こころいためり

雲去れば 雲のあとより うすうすと 煙たちのぼる 浅間わが越ゆ

火の山の 老樹の樅の くろがねの 幹をたたけば 葉の散り来る

火の山の 焼石原の けむりのかげ 西ひがしさし 別るる旅人

風立てば さとくづれ落ち 山を這ふ 火山の煙 いたましきかな

見よ旅人 秋のすゑなる 山山の いただき白く 雪つもり来ぬ

眼をとめて 暮れゆく山に 対ふ時 しみじみと身の あはれなりけり

背のいろ 落葉にまがひ 蜥蜴の子 おち葉のなかを 行く音寂しも

尺あまり 延びし稚松に 松かさの 実れり秋の 山の明るさ

風止みぬ 伐りのこされし 幾もとの 松の木の間の 黄なる秋の日