和歌と俳句

若山牧水

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蒼ざめし 額つめたく 濡れわたり 月夜の夏の 街を我が行く

あるかなき 思ひにすがり さびしめる 深夜のわれと 青夏虫と

わが家に 三いろふたいろ 咲きたりし 夏くさの花も 散り終りけり

かなしくも 痛みそめたる ものおもひ 守りて一日 もの喰べず居り

野にひとり 我が居るゆゑか このゆふべ 木木のさびしく 見えわたるかな

根を絶えて 浮草のはな うすいろに 咲けるを摘めば なみだ落ちぬれ

粟刈れる とほき姿の さびしきに むかひて岡に あを草を藉く

独り居れば ほのかに地の にほふなり 衣服ぬぎすてて 森に寝て居む

おほいなる 青の朴の葉 ひと葉持ち 林出づれば わが身さびしも

いかに悲しく 秋の木の葉の 散ることぞ 髪さへ痛め、いのち守らむ

かもめかもめ 青海を行く 一羽の鳥 そのすがたおもひ 吸ふ煙草かな

わが手より 松の小枝に とびうつる 猫のすがたの さびしきたそがれ

ただひとつ 風にうかびて わが庭に 秋の蜻蛉の ながれ来にけり

地にかへる 落葉のごとく ねむりたる かなしき床に 朝の月さす

わが髪に まみれて蟻の 這ふことも 林は秋の うらさびしけれ

秋の市街 しづかに赤く 日を浴びぬ やがてなつかしき わが夜は来む

高窓の 赤き夕日に 照らされて 夜を待つわれら 秋の夜を待つ

秋の街に ゆふべ灯かげの ともること いかなれば斯く 身にし沁むらむ

なにやらむ 思ひあがりて 眼も見えず 秋の入日の 街をいそぎぬ

蛍のごと わが感情の ふわふわと 移るすがたが ふつと眼に見ゆ