和歌と俳句

若山牧水

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酢のごとき 入日に浮む 麦の穂の 穂さきかなしや 摘まむと思ふ

しとしとに 入日やどせる 青麦の あをき穂ずゑを 揺すりてもみる

わが蒼き 片頬にあたる 血のごとき いろの入り日を 貪り吸ふも

背のかたに 沈む入日に 染められて 袂もおもく 野を帰るなり

野は入日、いばらのかげに ありやなし 水もながれて 我が帰るなり

入日あかき 野なかの村に ひと群れて 家つくり居り 唄の声悲し

夕陽揺り 海のうねれば うら悲し、わが立つ崎も 揺れて沈まむ

眼のまへを 巨いなる浪 あをあをと うねりてゆきぬ 春のゆふぐれ

眼に映る陸無し、岬浪にゆれ わがかなしみぞ ひとりたなびく

わだつみの 浪の一ひら 掌にもちて 死なむとぞ思ふ 夕陽のまへに

並み立てる 岬のあひに ゆらゆらと 海のゆれ居て ゆふぐれとなる

いたづらに 窓に青樹の 葉のみ揺れ われらが逢ふ日 さびしくもあるかな

笑みながら じつと見つむる まなざしに 青みて夏の 朝は来にけり

桐の花 うすく汗ばみ 日ものぼり わがきぬぎぬの ときとなりゆく

はつ夏の 街の隅なる 停車場の ほの冷たさを 慕ひ入るかな

われ人も おなじ心の さびしさか 朝青みゆく 夏の停車場

しみじみと 遠き辺土の たび人の さびしき眼して 停車場に入る

朝な朝な 停車場に来て 新聞紙 買ふ男居りて 夏となる街

水無月の 青く明けゆく 停車場に 少女にも似て 動く機関車

月の夜の 青色の花 揺ぐごと 人びとの顔 浮ける停車場

停車場の あまき煤煙の まひ来る レストラントの 窓の焼肉

午前九時、起きも出づれば この市街 はやも五月の 雲にくもれる

青じめり 五月の雲に しびれたる 市街の朝の 若人の眼よ

青いろの 酒をしぞ思ふ 朝曇る 夏の銀座の 窓をしぞ思ふ