和歌と俳句

若山牧水

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あさなあさな 午前は曇る ならひとて 今日も悲しく 海をおもへり

海恋ふる 心頭痛に 変りゆき 午前は曇る 初夏の街

恋ひこがれし 海にゆくとて 買ふシャボン わが蒼き掌に 匂ふ朝の街

青色の 酒売る店も 東京も 見すてて海へ いそぐ初夏

わが渡る 曇れる海に うすうすと 青海月なし うつれる太陽

海縁の 五月の雲も、わが汽船の 濡れしへさきの うらがなしけれ

雲深き 岬へわたる 古汽船の あとより起る 夏の青浪

夏あさき 岬のはなに 立つ浪の なつかしいかな わが汽船を揺る

雲晴るれば 海はにはかに 紺碧の 浪立ちわたり 揺るるわがふね

青葉の岬、ながきなぎさを 打ちぬらし 雨の走れば ゆるるわが汽船

うす青く 雨に尖れる 彼の岬へ うち寄る浪も 悲しかるらむ

浪の穂に かすかにやどる 赤きいろ 夏の夕日の なやましきかな

皐月の雲の かげりにうずき 藍をひき うすき藍ひき 伊豆が崎が見ゆ

入日さす 岬のはなの 汐ひきて 青き瀬となり わが瞳いためり

ゆふ浪や 五月の海の 道化者 やどかりの子が せつせとはたらく

死にゆきし 人のごとくも なつかしや この東明の 岬の藍色

あかあかと 西日にうかび 安房が崎 相模の海に 近く寄るなり

少女子の 青パラソルより なほひろき 麦藁帽を 着て海に入る

太陽の 正面の岬、きずつきて 血のたる指し 貝ひろふかな

潮引きて 崎のするどく なりまさり 朝あをあをと 松の風吹く