若山牧水

大正10年

空に立つ 煙のかげに 燃え入りて 色さびはてし 昼の野火かも

おほらけき 箱根の山の 萱枯れて さびぬる野辺を 焼ける火のみゆ

野火の火の 遠見はさびし うちわたす 枯田のなかの 道をゆきつつ

冴えかへり 寒けき今日の うらら日に 野火の煙の たなびける見ゆ

うば玉の 夜空の闇に 油火の ごとき野火見え 寒き風吹く

ちりぢりに 燃ゆるはさびし 烏羽玉の 夜空のやみに 見えわたる野火

里人の はなてる野火は 遠空の 闇にわびしく 燃えひろごれり

幼くて 見しふる里の 春の野の 忘られかねて 野火は見るなり

たまたまに 出で来てわたる 狩野川の 水は張りたり 雪解日和に

仮橋を わたれば寒き 風吹くや 雪解の川の 水みなぎりて

橋銭を はらひてわたる 仮橋の 板あやふくて 寒き寒風

畑中の 草にうごける 風ありて けふ春の日の うららけきかも

かぎろひの 昇りをるみゆ 白菜の 摘みのこされし 庭の畑に

窓下の 霜の畑に かぎろひの たつ日をきこゆ 隣家の機は

藁屋根の 軒端をぐらき 北窓に 起りゐて澄めり その箴の音は

わが畑の さきの藁屋根 いぶせきに その家の妻は 機織りいそぐ

庭さきの 屋敷畑に かぎろひの のぼるを一日 見つつさびしき

和歌と俳句