和歌と俳句

若山牧水

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山路なる 野菊の茎の 伸びすぎて 踏まれつつ咲ける むらさきの花

おほかたの 草木いろづける 山かげの 蕎麦の畑を 刈り急ぐ見ゆ

露干なば 出でてあそばむ あかつきの 薄が原の かがやきを見よ

四方の峰 曇りて薄 輝かぬ 野なかの樺に 百舌鳥のゐて啼く

冬山に たてる煙ぞ なつかしき ひとすぢ澄める むらさきにして

枝ほそき 落葉木立に くれなゐの 実をふさふさと 垂らす木のあり

鋼なす 落葉の木木の かがやきを ひもすがら見て 山ゆくわれは

山七重 わけ登り来て 斯くばかり ゆたけき川を 見むとおもひきや

たち向ふ 穂高が嶽に 夕日さし 湧きのぼる雲は いゆきかへらふ

群山の みねのとがりの まさびしく 連なれるはてに 富士の嶺見ゆ

岩山の 岩の荒肌 ふき割りて 噴きのぼる煙 とよみたるかも

わが立てる 足もとにひろき 岩原の 石のかげより 煙湧くなり

降りゆくと わが見おろせば 秋日さし 飛騨の山川 うららけく見ゆ

時雨ふる 野口の簗の 小屋にこもり 落ちくる鮎を 待てばさびしき

たそがれの 小暗き闇に 時雨降り 簗にしらじら 落つる鮎おほし

簗の簀の 古りてあやふし わがあたり 鮎しらじらと 飛び躍りつつ

おほきなる 鯉落ちたりと おらび寄る 時雨降る夜の 簗のかがり火