和歌と俳句

若山牧水

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ひややけき 風をよろしみ 窓あけて 見てをれば桜 しじに散りまふ

春の日の ひかりのなかに つぎつぎに 散りまふ桜 かがやきて散る

蚕豆の はたけの花の 久しきに 散りかかりたり さくらの花は

庭くまの 落葉の上に 散りたまり さくら白きに 鶫来てをる

朽葉なす 鶫の腹の いろさびて 歩めるあはれ わが見てをるに

雀子の 啼く声しげし この朝明 ふりいでし雨は とほり雨ならむ

散りのこる 梢の桜 雨すぎし この朝照に ちりいそぐかも

けふあたり 名残と思ふ はなびらの 桜ほの白く 散りまへる見ゆ

散りたまる 樋の桜の まひ立つや 雀たはむれ 其処にあそぶに

わが借りて 住へる家の 古ければ 多き雀子 朝夕になく

うすれゆく 暁闇に あめ降りて 塩竈桜 さむけくぞみゆ

ひともとの 稚木のさくら しほがまの 八重咲く花の 咲きしだれたり

稚木なる 枝をみじかみ たわたわに 咲きかたまれる 塩竈桜

数あらぬ 庭木をわたる 春風の とよみてきこゆ わが立ち寄れば

桃さくら 咲きつづなかに わが庭の 松のしん白く 伸びそろひたり

雲雀なく 空の青みの けぶらひて 心うら悲し 庭に立ちつつ

庭先の 松のしげみに 立ちてゐて 聞くとしもなき 鶯のこゑ

わが門 を流るる溝の みぎはなる 薮にこもりて うぐひすの啼く