和歌と俳句

若山牧水

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

冬日いまだ 昼に昇らず 小松山 襞折り合ひて 影のこまかさ

松山は かげりふかけど 山の裏 くぬぐが原の 冬日うららか

舟ひとつ をりて漕ぐみゆ 松山の こなたの入江 藍の深きに

うち越えて 路にあがれる 浪の泡 夕日にさむく かがやけるかな

しみじみと 寒き夕日に なりにけり 入江の奥に 波のさざめき

足もとに さわげる浪は 満潮の ゆたけき音を たたへたるかな

網あぐる 海人がさけびの もはらなる 道のかたへに 箴の音きこゆ

曳網の 綱の尻とり 老いたるは その綱たたむ 石の上にまろく

大根を 煮るにほひして 小さなる 舟どち泊る 冬の夕ぐれ

砂の上に ならび静けき 冬の浜の 釣舟どちは 寂びてましろき

小松山 なぞへの円み 掘りさきて 冬の日なたに 石切り出す

沖為事 冬をすくなみ 海人がどち 海岸の山に 群れて石切る

伊豆石の やはらかき石 冬草の 原につまれて 真白なるかも

石山に 立てる男の 衣の色 切り出す石に 似て真白なる

己が身を 縄にくくりつ 千尋なす 崖のさなかに 居りて石切る

人黒く 並びゐて掘る 石山の 切りそぎ崖の 冬の夕ばえ

夕日射す 冬野のなかに 人うごき 枯草の色 あざやけきかも

年ごとに 年の過ぎゆく すみやかさ 覚えつつ此処に 年は迎へつ

寄る年の 年ごとにねがふ わがねがひ 心おちゐて 静かなれかし

去年あたり 今年にかけて いよよわが 静かなれとふ こころは募る

あさはかの われの若さの 過ぎゆくと たのしみて待つ こころ深みを

わが生きて 重ねむ年は わかねども いま迎ふるを ねもごろにせむ