和歌と俳句

若山牧水

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奥山は はだら雪積み 伊豆の国の 海辺柴山 時雨ふるなり

寒の雨 しらじら降りて 柴山の はづれにかかる 滝のかすけさ

冬の雨 しき降る海ゆ 寄る浪の 高くあがらず 岸に真白き

冬さびて 赤みわたれる 断崖の 根に寄る浪は かすかなるかな

柴山の かこめる里に いで湯湧き 梅の花咲きて 冬を人多し

湯の街の しづかなるかも この土地に めづらしき今朝の 寒さにあひて

わが坐る ま向ひの方ゆ ひびきくる 冬の夜ふけの 海のとどろき

麦を踏む 背高き叟の 頬かむり ひねもすを居る 其処の麦田に

冬草の 山のくぼみの 楢の木に のこる枯葉の 色のさやけさ

朝を注ぐ 紅茶の色の 楢の葉の なほ落ちやらず 春立つといふに

夕凪の 日和癖なる 雲焼けて 染め来るなり わが向ふ窓を

温泉尻に ながれて湯気の たつ浜の 芥の霜に 鴉群れたり

空に居る 雲うす赤し 入りつ日の 消えのこりたる 冬山のうへに

わが向ふ 冬草山の 上に垂りて 雪をふくめる あかつきの雲

雲いまだ うかばぬ朝の 凍空の 青みをかぎる 冬草の山

柴山の 尾根のわかれの 山窪ゆ 光さし来て 昇る冬の日

山の端の けぶらふ朝日 麓田の 枯田の霜を なかば照せり

朝日子の 光とどかぬ 麓田の 奥の根方に 田の霜ぞ濃き

向つ山 なぞへに立てる 炭焼の 煙にやどる 冬の日のかげ

道ばたの 古寺のかどの たかむらの 蔭に見出し 梅の初花

ひややけき 日蔭に咲ける 白梅の しみみに咲きて 花のちひささ

たかむらの 小暗き蔭に 浮き出でて 咲く梅の花は 雪のちひささ

伊豆の国に 我が居て見やる 海むかひ 雪かづき伏せる 甲斐信濃の山

甲斐信濃の 山とわが思ふ 遠山は 雪をかづきて こちごちに立つ