和歌と俳句

若山牧水

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物書ける 机のそばの 窓ガラスの 冬の日ざしに 居る蠅の虫

水汲むと 井戸よりみれば 散りしける 落葉の庭に 霜の明るさ

散れる葉を いろあざやけき 冬凪ぎの あかるき庭に 立てばたのしも

やがていま 梅の咲かむと おもふころ すがれて菊の 花咲きてゐる

窓にさす 午後の日ざしに 心うきて 立ちいづる庭に みそさざい鳴く

すがれつつ なほ咲く菊の 根がたなる 枯葉のかげに みそさざい鳴く

すがれ咲く 菊よりとびて みそさざい 梅の枯枝に あらはなりけり

門さきの 麦田のつちは 乾きたり この冬凪の つづく日和に

いちはやく 箱根の山の すがれ野を 焼ける煙見ゆ 今日の凪げるに

冬なぎに 出でてわがみる 富士の嶺の 高嶺の深雪 かすみたるかも

草枯れし 畦みちをゆく わがむすめ くれなゐの帯を 結びたるかも

知れる人 みななつかしく なりきたる このたまゆらの かなしかりけり

あやふかる いのちを持ちて おのもおのも 生きこらへたり 逢はざらめやも

恋ひ恋ひて 鋭心もてり 彼も持てり 逢はずしあらば 錆かはつらむ

寂しさに おのおの耐へて 在り経つつ いつか終りと ならむとすらむ

行き逢ひて 別れ去りしか いつしかに 影もわかたず なりし友おほし