和歌と俳句

若山牧水

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夜ふかく もの書きをれば 庭さきに 鳴く夏虫の 声のしたしさ

降りたてば 庭の小草の つゆけきに 蛙子のとぶ 夏のしののめ

みじか夜の 明けやらぬ闇に かがまりて ものの苗植うる 人のかげみゆ

まだ起きぬ ひとの庭べに 露をびて さやかに咲ける 夏草の花

あかつきを いまだともれる 電灯の 灯かげはうつる 庭のダリヤ

やすらかに 足うち伸ばし わが聞くや 蚊帳に来て鳴く 馬追虫

めづらしく 蚊帳にきて今 なきいでし 馬追虫の 姿をぞ思ふ

家人の ねむりは深し 蚊帳にゐて 鳴く馬追よ こゑかぎり鳴け

はしり穂の みゆる山田の 畔ごとに 若木の木槿 咲きならびたり

畑の隈 風よけ垣の 木槿の花 むらさきふかく 咲きいでにけり

風よけと 山田の畔に 垣なせる 木槿の花は ひとり咲きたり

鋤きすてて ものまだ植ゑぬ 秋旱 木槿は畔に 咲きさかりたり

うちしぶき 庭を掩ひて 降りしきる ゆふだち雨に 匂ひ立つ上

草木うつ 雨はきこえて うす青き 黄昏の色 部屋をこめたり

花園の 花のしげみを 抜き出でて ゆたかに咲ける 向日葵の花

秋づけど まだもろ草の 青かるを ぬき出でて咲ける みそはぎの花

女郎花 咲きみだれたる 野辺のはしに 一むら白き をとこしへの花

曼珠沙華 いろふかきかも 入江ゆく これの小舟の 上よりみれば

わが越ゆる 岡の道辺の すすきの穂 まだわかければ 紅ふふみたり

粟の穂は みだれなびかふ 暴風雨あとの しめりおびたる あかつきの風に