和歌と俳句

若山牧水

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夕日さす 枯野が原の ひとつ路 わがいそぐ路に 散れる栗の実

音さやぐ おち葉が下に 散りてをる この栗の実の 色のよろしさ

柴栗の 柴の枯葉の なかばだに 如かぬちひさき 栗の味よさ

おのづから 干てから栗と なりてをる 野の落栗の 味のよろしさ

この枯野 猪も出でぬか 猿もゐぬか 栗うつくしう 落ちたまりたり

かりそめに ひとつ拾ひつ 二つ三つ ひろひやめられぬ 栗にしありけり

このいで湯 われ等生かすと 病人の つどひ群れたる 草津のいで湯

上野の 草津の温泉 いにしへゆ 云ひつたへたる 草津のいで湯

湧き昇る 湯気雲なせる 高原の 草津のいで湯 賑はへるかも

たぎち湧く 草津のいで湯 おほらかに 湧きあふれつつ 渓川となる

上野の 草津に来り 誰も聞く 湯揉の唄を きけばかなしも

つづらをり 嶮しき坂を くだり来れば 橋ありてかかる 峡の深みに

おもはぬに 村ありて名の やさしかる 小雨の里と いふにぞありける

蚕飼せし 家にかあらむ 壁をぬきて 学校となしつ もの教へをり

学校に もの読める声の なつかしさ 身にしみとほる 山里すぎて

人過ぐと 生徒等はみな 走せ寄りて 垣よりぞ見る 学校の庭の

先生の 一途なるさまも 涙なれ 家十ばかりなる 村の学校に

先生の あたまの禿も たふとけれ 此処に死なむと 教ふるならめ

小学校 けふ日曜に ありにけり 桜のもみぢ ただに散りゐて

山かげは 日暮はやきに 学校の まだ終らぬか 本読む声す