和歌と俳句

若山牧水

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富士が嶺や 裾野に来り 仰ぐとき いよよ親しき 山にぞありける

富士が嶺の 裾野の原の 真広きは 言に出しかねつ ただにゆきゆく

富士が嶺に 雲は寄れども あなかしこ わがみてをれば うすらぎてゆく

大わだの うねりに似たる 富士が嶺の 裾野の岡の うねりおもしろ

穂すすきの 原まひわたる つぶら鳥 うづら鳥は二つ ならびとべり

つつましく 心なりゐて 富士が嶺の 裾野にまへる うづら鳥見つ

富士が嶺の 裾野の原の くすり草 せんぷりを摘みぬ 指いたむまでに

富士が嶺の 裾野の原を うづめ咲く 松虫草を ひと日見て来ぬ

なびき寄る 雲のすがたの やはらかき けふ富士が嶺の 夕まぐれかな

かすかなる 花にもあれや 背低松 たちならぶ岡の 茅萱の花は

はたはたと 茅萱が原の 日あたりに 機織虫は 音たててとぶ

飛ぶかげの をりをり見えて 萱原の 垂穂が原に 虫の鳴くなり

秋の野を 朝明登れば おきわたす しら露の上に 落つる吾が影

まひのぼる 朝あがり雲の 渦巻の 真白きそらに 富士の嶺見ゆ

うとうとと 汽車にねむれば ときをりに 法師蝉きこゆ 山北あたり

相模なる 松田の駅に 下りてゆく 小間物商も 秋めけるかな

秋風の 藍色の海に 三つ二つ うかびゐてちさき 海人の釣舟

川向ひ 松原のかげの 桑畑に 吹く秋風は みだれたるかな