和歌と俳句

若山牧水

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しこ草の 茂りがちなる 庭さきの 野菜畑に 夏虫の鳴く

いちはやく 秋風の音を やどすぞと 長き葉めでて 蜀黍は植う

その広葉 夏の朝明に よきものと 三畑がほどは 芋も植ゑたり

もろこしの 長き垂葉に いづくより 来そとしもなき 蛙宿れり

今は早や 捩がむと思へど 惜しまれて 見つつただ居り 蜀黍の実を

青紫蘇の いまださかりを いつしかに 冷やし豆腐に 我が飽きにけり

雲まよふ 梅雨明空の いぶせきに 暁ばかり 富士は見らるる

紫に 澄みぬる富士は みじか夜の 暁起きに 見るべかりけり

たづね来て 泊れる人を ゆり起す 夏めづらしき 今朝の富士見よ

めづらしく この朝晴れし 富士が嶺を 藍色ふかき 夏空に見つ

陰ふくみ 沸き立ち騒ぐ 白雲の いぶせき空に 富士は籠れり

叢雲の いただき見する 愛鷹の 峰の奥ぞと 富士を思へり

夏雲の 垂りぬる蔭に うす青み 沼津より見ゆ 富士の裾野は

梅雨晴の わづかのひまに 出でてみる 庭の柘榴の 花はまさかり

散りたまる 柘榴の花の くれなゐを わけてあそべり 子蟹がふたつ

ゆきあひて けはひをかしく 立ち向ひ やがて別れて ゆく子蟹かな

庭木草 あをみくろづみ 茂りゆく 梅雨夏かけて わびしかりけり

生垣の 槙の若葉の 色ふかみ 土用わびしき 風は吹くなり

いささかの 蜆煮なむと 真清水に ひたし生けおく 夏のゆふぐれ

伸びすぎて 葉のみしげれる 蜀黍に 紅の毛たらす 実をいまだ見ず