和歌と俳句

若山牧水

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かなしみに こころもたゆく 身もたゆく 酒もものうし 泣きぬれてゐむ

先づ啼くは 濁る濠辺の いしたたき ほの青き朝を 寝ざめてあれば

ふるさとの 美美津の川の みなかみに さびしく母の 病みたまふらむ

さくら早や 背戸の山辺に 散りゆきし かの納戸にや 臥したまふらむ

病む母の まくらにつどひ 泣きぬれて 姉もいかにか われを恨まむ

病む母を なぐさめかねつ あけくれの 庭や掃くらむ ふるさとの父

終に身を 酒にそこなひ ふるさとへ 帰るか春の さびしかるらむ

指さきに ちさき杯 もてるとき どよめきゆらぐ 暗きこころよ

なにとせむ すこし酔ひたる 足もとの わが踏む地より かなしみは湧く

眼もくらく こころくもれば おのづから 眉さへ暗し 春の街見ゆ

雪消えて けふもけむりの 立つならむ 浅間よ春の そらのかたへに

あは雪の とけてながれむ 火の山の かの松原に 行きて死にたや

をりをりは 見えずなれども いつかまた 巣にかへり居り 軒の蜘蛛の子

わが部屋に 生けるはさびし 軒の蜘蛛 屋根の小ねずみ もの云はぬわれ

大君の 城の五月の 森林に ゆふさりくれば ともる電灯

河を見に ひとり来て立つ 木のかげに ほのかに昼を 啼くあり

眼とづるは さびしきくせぞ おほぞらに 雲雀啼く日を 草につくばひ

根のかたに ちさく坐れば 老松の 幹よりおもく 風降り来る

かなしさに 閉ぢしまぶたの 瞼毛にも 来てやどりたる 松の風かな

耐へがたく まなこ閉づれば わが暗き こころ梢に 松風となる

波もなき 海辺の砂に わが居れば 空の黄ばみて 春の月出づ

なぎさ辺の 藻草昆布の むらがりの なつかしいかな 春の月出づ