和歌と俳句

若山牧水

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ややしばし われの寂しき 眸に浮き 彗星見ゆ 青く朝見ゆ

風光り 桜みだれて 顔に散る こころ汗ばみ 夏をおもへる

いちはやく 四月の街に 青く匂ふ 夏帽子をば うちかづきけり

われ二十六歳 歌をつくりて 飯に代ふ 世にもわびしき なりはひをする

小田巻の 花のむらさき 散りてあり まれにかへれる わが部屋の窓

頬をすりて 雌雄の啼くなり たそがれの 花の散りたる 桜にすずめ

徳利取り 振ればかすかに 酒が鳴る わが酔ざめの つらのみにくさ

月の夜半 酔ざめの身の とぼとぼと あゆめる街の 夏の木の影

風ひかり 桃のはなびら 椎の樹の 落葉とまじり 庭に散りくる

いねもせず 白き夜着きて 灯も消さず くちずさむ歌の さびしかりけり

初夏の 木木あをみゆく 東京を 見にのぼり来よ 海も凪ぎつらむ

貧しければ 心も暗し 虫けらの 在り甲斐もなき 生きやうをする

やうやくに 待ちえしごとく わがこころ あまえてありぬ 病みそめし身に

濁りたる ままにこころは 凪ぎはてて 医師の寝台に よこたはるかな

ふらふらと 野にまよひ来れば いつのまに さびしや麦の いろづきにけむ

いつ知らず 摘みし蓬の 青き香の ゆびにのこれり 停車場に入る

摘草の にほひ残れる ゆびさきを あらひて居れば 野に月の出づ

あを草に 降りくる露を なつかしみ 大野に居れば まろき月出づ

わがいのち 尽きなばなむぢ また死なむ わが歌よ汝を あはれに思ふ

花見れば はなのかはゆし 摘みてまし 摘むともなにの なぐさめにせむ