和歌と俳句

若山牧水

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14

惶しき 旅人のこころ 去りあへず 秋の林に 来て坐れども

秋の森 ふと出であひし 渓間より 見れば浅間に 煙断えて居り

渓あひの 路はほそぼそ 白樺の 白き木立に きはまりにけり

忘却の かげかさびしき いちにんの 人あり旅を ながれ渡れる

虫けらの 這ふよりもなほ さびしけれ 旅は三月を こえなむとする

はつとして われに返れば 満目の 冬草山を わが歩み居り

冬枯の 黄なる草山 ひとりゆく うしろ姿を 見むひともなし

草のうへ わがよこたはる かたはらに 秋の淡雪 きえのこり居り

かかる時 ふところ鏡 恋しけれ 葉の散る木の間 わが顔を見む

蒼空ゆ 降り来てやがて 去り行きぬ 山辺の雲も あはれなるかな

いただきの 秋の深雪に 足あとを つけつつ山を 越ゆるさびしさ

冬草山 鳥の立つにも あめつちの くづれしごとき 驚きをする

ものおもひ 断ゆれば黄なる 落葉の 峡のおくより 水のきこゆる

秋の日の 空をながるる 火の山の けむりのすゑに いのちかけけれ

火の山を 越えてふもとの 森なかの 温泉に入れば 月の照りたる

火の山の けむりのかげの 温泉に 一夜ねむりて 去りし旅人

湯あがりを ひとりし居れば わが肌に 旅をかなしむ 匂ひこもれり

なつかしや わがさびしさに さしそひて 秋のあは雪 ふりそめにけり

あはれなる 女ひとりが 住むゆゑに この東京の さびしきことかな

人知れず 旅よりかへり わが友の めうとの家に ねむる秋の夜

友のごとく 日ごと疲れて かへり来む わが家といふが 恋しくなりけり

終りたる 旅を見かへる さびしさに さそはれてまた 旅をしぞおもふ

われを見に くらき都会の そこ此処に 住み居る友が みなつどひ来る

電灯の さびしきことよ 旅路より かへりて友が 顔を見る夜