和歌と俳句

若山牧水

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雪ふれりと 筆とりあげし 消息に つい書きそへぬ かなしげのこと

ふる雪に なんおかをりも なきものを こころなにとて しかはさびしむ

雪ふれば ちららちららと さびしさが なまあたたかく 身をそそるかな

はつとして こころ変れば 蒼暗く そこひも見えず 降るそらの雪

灯のともる 雪ふる夜の ひとり寝の 枕がみこそ なまめかしけれ

水の上に ふりきてきゆる 雪の見ゆ 酒のにほひの 身に残りあり

知らぬ間に 雨とかはりし 夜のゆき 酒ののちなる 指のさびしさ

一昔 まへにすたれし 流行唄 くちにうかびぬ 酒のごとくに

がらす戸に 白くみだれて ふれる雪 よりそひて見れば 寂しきものかな

わが袖に ひとつふたつが きえのこる 雪もさびしや 酒やにのぼる

多摩川の 浅き流れに 石なげて あそべば濡るる わがたもとかな

春あさく 藍もうすらに 多摩川の ながれてありぬ 憂しやひとりは

多摩川の 砂にたんぽぽ 咲くころは われにもおもふ 人のあれかし

曇日の 川原の薮の しら砂に あしあとつけて 啼く千鳥かな

川千鳥 啼く音つづけば 川ごしの 二月の山の 眼におもり来る

山かげの 小川の岸に のがれ来て さびしやひとり 石投げあそぶ

山の樹よ 葉も散りはてて 鳥も来ず けふのわれにや 似てやすからむ

石拾ひ わがさびしさの ことごとく 乗りうつれとて 空へ投げ上ぐ

友もうし 誰とあそばむ 明日もまた 多摩の川原に 来てあそばなむ

水むすび 石なげちらし ただひとり 河とあそびて 泣きてかへりぬ