和歌と俳句

若山牧水

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西吹かば 山のけむりは けふもなほ 君住む国の そらへながれむ

なかぞらに 山のけむりの 絶ゆる時 けだしや君も 寂しかるべし

夜の牛乳 飲みつつおもひ ふらふらと 浅間の烟に 走るさびしさ

松おほき 彼の鎌倉の 古山に 行かばや風の なかに海見む

ゆふぐれの 水にうかべば こともなう さびしき群ぞ 沖の鴎は

かもめかもめ 空に一羽が 啼くときは 水に入らむと 身のかなしけれ

濁り江は かすみて空も かき垂れぬ わが居る舟に 啼き寄る鴎

枯草に わが寝て居れば そばちかく 過ぎる子供の なつかしきかな

枯草に わが寝て居れば あそばむと 来て顔のぞき 眼をのぞく犬

ゆふまぐれ 遊びつかれて あゆみ寄る 犬と瞳の ひたと合ひたる

膝にゐて 深き毛を垂れ 樫の葉に 夕日散るとき わが小犬鳴く

ほそほそと 萌えいでて花も もたざりき このひともとの 名も知らぬ草

わびしさや ふとわが立てる 足もとの 二月の地を 見て歩み出づ

藪ふかく 窓のもとより うちつづく 友が二階の 二月の月の夜

ふつとして 多摩の川原の なつかしく 金を借り来て 一夜寝に行く

かへるさは 時雨となりぬ 多摩川の 川辺の宿に 一夜寝しまに

わが顔に 触れて犬あり 枯くさの 日向にいねて もの思ふとき

まさむねの 一合瓶の かはゆさは 珠にかも似む 飲まで居るべし

わが部屋に われを待つべく 一樽に 酒は断たねど されどさびしき

三階の 玻璃窓つつみ 煤烟の にほへるなかに ひとり酒煮る