和歌と俳句

若山牧水

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土荒き 蜜柑畑の 朝時雨 鋤きすててひとは 在らざりにけり

山際より 蒼み晴れゆく 朝しぐれ 斜めに海に 入る蜜柑山

人声を 探して行けば 蜜柑山 ひともとの木に 群れて摘み居し

蜜柑畑 尽くれば山は 楢山の 黄葉照りつつ 峰遠きかも

わが園の 隅に輝く ひともと蜜柑 朝な朝なに 立ち出でて摘む

なにごとぞ 霞かき垂れ 真冬日の 安房が崎見えず 海とろみ流る

朝凪の 冬のなぎさに 鶺鴒啼き 集ひゐて 薄霞みせり

ひさかたの 冬日真白く 澄み照れり 入江細海 霞晴れなくに

白浜や 居ればいよいよ 海とろみ 冬日かぎろひ 遠霞立つ

岩が根の 峰白みかも 冬深み 鋸山に 雪降れるかも

寒き空より 漏れ来し午後の 日の光 よろこび居れば 百舌鳥とほく啼く

沖晴れて 今か安房山 さやに見えむ 夕篭り居れば 日ぞさし来る

夕潮さし 沖辺ゆたけく なるままに 啼きつつ走る むらなぎさ鳥

望ちかき 夜にかもあらめ 時雨降り 篭りて聞けば 浪の豊けさ

椿咲くと 驚き悲しみ 過ぎ経たる わがひと年ぞ 顧みらるる

くろぐろと 黒み静まれる 葉つばきの 蔭に燃えたる 初花椿

椿散る時に来りつ 椿咲く今日まで住みぬ 浪の近きに

つと落ちて 百舌鳥は椿の かげに啼く 曇れる朝の 紅寒椿

天地の 曇りくぐもり 寒き時 落葉のかげに 咲き出づる椿