和歌と俳句

若山牧水

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いつか見む いつか来むとて こがれ来し その青森は 雪に埋れ居つ

雪高く 往き交ふ人の 輝きて いま青森に 夕日さすなり

古汽車の 中のストーヴ 赤々と 燃え立つなべに 大吹雪する

雪いよよ 峡も深みて わが馬の 鬣黒く 歩まざるなり

わが行く手 晴るるとすれば 岩木山 また吹雪き来て 馬嘶かず

ひつそりと 馬乗り入るる 津軽野の 五所川原町は 雪小止みせり

橇の鈴 戸の面に聞ゆ 旅なれや 津軽の国の 春のあけぼの

堅雪の 畦道ゆけば 津軽野の 名残の雁か 遠空に見ゆ

白雪の 何処にひそみ ほろほろと 鳴き出づる蟇か 津軽野の春

帰る雁 とほ空ひくく わたる見ゆ 松島村は 家まばらかに

雪消水 岸に溢れて すゑ霞む 浅瀬石川の 鱒とりの群れ

むら山の 峡より見ゆる 白妙の 岩木が峯に 霞たなびく

かたくりの 若芽摘まむと はだら雪 片岡野辺に けふ児等ぞ見ゆ

黒石の 町の坂みち 登りつつ 春は深しと いひにけるかも