和歌と俳句

若山牧水

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鳳仙花 しらじら咲きて 細庭の 夏もさかりと ならむとすらむ

柿の木の おほき根もとに 虎耳草 木賊しげりて 梅雨明けにけり

青苔の 地にしみ入る 樫の葉の 影のゆれゐて わが歩む二人

古池の みぎはの草に みそはぎの ほそぼそ咲きて わが歩む二人

古池の ひるのかがやき なかなかに うとましくして わが歩む二人

古池の めぐりにおふる 八重葎 分けて歩めば 日の光さびし

ゆるびたる 手足の筋に 八重葎 しみて痛むと ねころびてをり

うつつなく 眺めてをれば 古池の 藻草のかげを ゆける魚の子

眼の前の 夏のひかりの さびしさよ 古池をゆく 魚の子の群

ふと仰ぐ みそらの雲に 真ひるの日 てりよどみゐて 古池さびし

眼にうつる もののわびしく 見入らるる けふの日なれや 古池ひかる

藺といふも さびしき草ぞ うつつなう わがをる今日の 眼の前にして

いと遠き 人の世に啼く 蜩の こゑかも雨と すみて聞ゆる

ほがらかに 晴れゆく夏の 朝空の いよよ深みて ひとのこひしき

こころややに 冴えゆけば夏の 朝空の 窓に垂れゐて ひとのこひしき

真ひる空 窓に垂れつつ わが腕に 汗のながれて ひとのこひしき

たちいでて 見る細庭の 夏草の 真ひるしなえて ひとのこひしき

昼の空 ひかりのなかに まふ塵の 見ゆとも見えて ひとのこひしき

をりからや ゆきずりびとの 声さへも 身にしみわたり ひとのこひしき

ちりほこり 光り煙れる 昼の街 ゆきかふ子らを 見つつこひしき