和歌と俳句

若山牧水

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蓮ひらく しらじら明けに 不忍の池にまひ降るる 白鷺のむれ

朝露の 蓮みるひとの 静かなる つかれたる顔を よしとおもへり

しののめの 蓮見るむれに まじりたる 白蓮よりも 静かなる少女

雨よべる 風なるらしも 朝空に 雲のみだれて 白蓮さけり

黒黒と 雨に濡れつつ 水鳥の かいつむり啼けり 蓮の花のかげに

いまは早や こぼれむとする くれなゐの 蓮の花あはれ くもり日のもとに

はちす葉の 青みかわきて 秋風の 吹き立つ池の 白蓮の花

秋立つや 池の水錆の 片よりに 白はちすのみ 咲きて風吹く

葉がくれに くれなゐの花 ゆれゐつつ 秋風しるき はちす葉の池

秋の風 吹きしきれども よそにのみ 見てちぢまれる こころなりけり

とりとめの なき日と今日も 暮れにけり 日にけに秋の 風は吹きつつ

わがすきの 落葉のころと なりにけり 身体のつかれ くやしけれども

何草ぞ この草むらの 硬さよと 腰をおろせば こほろぎ啼けり

われと身の 重みを地に おぼえつつ 草むらに見る 秋の風かな

こほろぎの なきたつところ そこにここに 桜の落葉 ちらばれるかな

耳は耳 目は目からだが ばらばらに 離れてを きいてをるものか

ほのぼのと わが頬染まるか こほろぎの 啼きしきりたる 草むらのかげに

夜の窓 ひるのつかれの やはらかう 身にはうかびて こほろぎ啼けり

だんだんに からだちぢまり 大ぞらの 星も窓より 降り来るごとし

このままに 落ちむ底なき 穴もあれ いまをたのしく 睡らむとする