和歌と俳句

齋藤茂吉

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狂者らを しばし忘れて わがあゆむ 街には冬の 靄おりにけり

春さむく 痰喘を病み をりしかど 草に霜ふり 冬ふけむとす

掘割の ほとりを来つつ たちまちに 岩野泡鳴を おもひいだせり

覚悟して いでたつ兵も 朝なゆふなに ひとつ写象を 持つにはあらず

蛇を売る 家居のまへに しばらくは 立ちをりにけり ひそむ蛇みて

<わが病 全けく癒えて こもるとき 命過ぎにし 兄を悲しむ/p>

ひいでたる 心をもちて 居りしかど 兄は六十の よはひ越えずき

庭くまに ひいづるを見て あはれみし 擬宝珠なべて 霜がれにけり

八層の高きに屋上庭園ありて 黒豹のあゆむを 人らたのしむ

あまつ日は 紅くにごりて かがやかず 家むらのしたに 落ちゆくらしき

ちちの実は 黄になりて落つ ここにして 物のほろべと 火むらは燃えき

わが眉は うごかざりけり むれてゆく をとめ寐よげと 人いひしかど

いてふの実の 白きを干せる 日の光 うつろふまでに 吾は居りにき

わたつみの さかかまくも 炎もえたつも おのづからなる ものをおもはむ

気ぐるへる 人をまもりて くやまねど 山河こえむ 時なかるべし

八年まへの 火事をおもへば 心いたし 一時間にして 皆もえたりき

人の名を 忘れがちにて 明けくれぬ 人の名をおもひ出さむとして苦しむ

あからひく 頬の童子と とことはに 消ゆることなし よみがへりこむ

暁星の 少年の子の うたふこゑ 聞く朝明ぞ 悲しかりける