和歌と俳句

齋藤茂吉

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封建の 代にひらきたる 運河あり 石巻より 浜野蒜まで

富山の 観音道に 栗の毬 おちかさなりて 吾と妻と踏む

冬にいりし 海べの山の 日あたりに 啄木鳥とび下り 歩きたるさま

富山の 観音堂の 高きより ひむがし見れば 海坂ひかる

松島の うみ逆まに 光うけ 水銀のいろ たまたまくろむ

もろもろの 小島よこたふ 海中も あやしきまでに 黝みわたれる

富山の そがひに見ゆる 山々は 冬がれにつつ 行方も見えず

ここにして かへり見すれば 石巻は はやも岬の かげになりたり

瑞巌寺の 鷹の間みれば ひとときに 翼を張れる 鷹が目に見ゆ

瑞巌寺の 砂を踏みつつ 居りしとき 三門よりただちに 海の波みゆ

政宗の 二十七歳の 像見たり 名護屋の陣に ありしころとぞ

わが舟は 音を立てつつ 海なかに 牡蠣養へる ちかくをぞ行く

ひゆうひゆうと 寒さ身にしむ 午後四時に 松島を出でつ 小舟に乗りて

松島の 海を過ぐれば 塩釜の 低空かけて ゆふ焼けそめつ

あかあかと 夕棚雲は しましくは 身に沁むまでに 棚びきにけり

冬の日は はや暮れやすく 八十島の かげははるかに 浮かぶがごとし

海の雲 はれそめしかば 塩釜の 舟の帆柱の あきらけく見ゆ

塩釜の 浦にうつろふ くれなゐの 夕棚雲を 妻と見て居り

朝舟の するどき音も 世の常の 音とおもはむ 旅を来りき

塩釜に 一夜あくれば おもほえず 船の太笛が しきりに鳴れり