和歌と俳句

齋藤茂吉

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吾妻嶺に 雪みえなくに 国境ふ 飯豊のやまは 雪はだらなり

置賜の 平をゆけば 穂にいでし 薄のうごぐ さまもかなしき

米沢を 汽車たちよりて まもなくに 防雪林は とほくつづきつ

汽車にして 板谷をこゆる ひるつかた 見つつこほしき 荒山のみづ

いにしへの 人はあゆみて ここ越えき 薄なみだつ 峰たかきかも

子を生まむ ねがひを持ちて 女等は 山かげ路なる いで湯浴みにき

国はらの ひくきにいでて みちのくの 群山みれば とほく青しも

自動車の ヘツドライトは 山もとの 青き畑の 雨を照らしつ

しぐれ降る 伊香保の山に 夜著けり 一夜寐むとす 友とならびて

きぞのよの 一夜のしぐれ 晴れゆくと 音こそこもれ 谷に吹く風

あさまだき 向ひの山に 日はさしぬ 湯づかれし身は 山に向き居り

伊香保かぜ 吹きしづまりて あけのいろ すでに衰ふる もみぢしげ山

もみぢちる 伊香保の山を すがしみと 冬の一日を 入りつつをりぬ

たえまなく 冬の白雲の ながらふる 子持山のべ ゆふぐれむとす

伊香保呂を おろして吹ける 風をいたみ 庭のくぼみに もみぢば散るも

中空に おとする風は さかさまに 吹きおろしつつ 谷に吹く風

高はらに そびゆる山の あひだより 低空に白き 雲いでて居り

ひといろに 素枯れわたれば むら山は 天の奥がに とほそくがごと

信濃路と おもふかなたに 日は入りて 雪ふるまへの 山のしづかさ

みづうみを かくめるなして そばだてる 冬枯の山 きびしきかろも

音たてて 榛名の山を 走るとき 妙義山見ゆ 信濃の山みゆ

榛名の湖 汀に立てば 北空は しづかに晴れて 動く雲みず

かなしくも このみづうみに 育ちたる 魚をぞ食らふ 心しづかに

上野の 冬ふけてゆく 低空に しづかなる雲 たなびきにけり