和歌と俳句

齋藤茂吉

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吹上の 川上にして ふかぶかと 青ぎるみずに 潜る鳥あり

やうやくに 雪は降らむと 曇りつつ はざま大きく 色彩なかりけり

この谿を つたはり行きて 山形の あがたに境ふ 山にきはまる

ふかぶかと 谿に入り来て あらがねの 限りなき土を 今ぞ見にける

たびを来て 冬ふかみける 山河の きびしき音に はやも疲れぬ

あまぎらし 雪は降るらむ みちのくの 大きはざまに 妻と入り居り

冬木立 あらはになりて 深沢を 行きつつ見ゆる 山は明るし

ころもでに 水のしぶきの かかりつつ 鳴子の沢に 日は暮れにけり

こがらしの 音するなべに 見つつをり 汀の砂に 落葉つもるを

この谿を 過ぎて行きなば 山みづの 幾たぎりする ところを見らむ

ここにして 青ぎるみづは 山峡を いくうねりして 東にぬかふ

水上へ とほくきらへる 北上川の 流かはりてより 年は古りにき

妻とふたり つまさきあがりに のぼりゆく 中尊寺道 寒さ身に沁む

人どほり 断えたるらしき この道に 低く横ぎりて 橿鳥飛びつ

旅遠き おもひこそすれ 金堂の くらがりに来て 触りて居れば

山伏の 笈をし見れば なづみつつ 山谷ふかく 越えにけむもの

日は晴れて 落葉のうへを 照らしたる 光寂けし 北国にして

義経の ことを悲しみ 妻とふたり 日に乾きたる 落葉をありく

金堂は 遠世ながらに 年ふりぬ 山の火炎も ここに燃えねば

中央の 文明ここに 移り来て ひとの悲しき 歴史とどむる