和歌と俳句

齋藤茂吉

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象潟

秋の光 しづかに差せる 通り来て 店に無花果の 實を食む

象潟の 蚶満禅寺も 一たびは 燃えぬと聞きて ものをこそ思へ

象潟の 海のなぎさに 人稀に そそぐ川ひとつ 古き世よりの川

あかあかと 鳥海山の 火を吹きし 享和元年 われはおもほゆ

湯の濱

めざむれば あかあかと光 かがやきて 日本海の 有明の月

人生きて たたかひの後に 悲しめる 陸に向ひ 迫むるしき浪

やまがたの 田川の海の 潮けむり 濱をこめつつ 朝明けむとす

冬来むと このあかときの 海中に 湧きたる浪は しづまり兼ねつ

時雨かぜ 遠く吹きしき こごりこごり 飛びあがりたる 日本海の浪

湯田川

式内の 由豆佐賣の神 ここにいまし 透きとほる湯は 湧きでて止まず

湯田川に 来りてみれば 心なごむ 柿の葉あかく 色づきそめて

田川なる 清きいで湯に もろ人は 命の延べき いにしへゆ今

湯田川の 湯をすがしめど 年老いて 二たびを来む 吾ならなくに

こほろぎの 聲になりたる 夜な夜なを 心みだれむ 吾ならなくに

さまざまの 蟲のむらがり 鳴く聲を ひとにの聲と 聞く時あるも

雁来啼く ころとしなれば 家いでて 最上の川の 支流をわたる

しづかなる 秋の光と なりにけり われの起臥せる 大石田の恩

この河の ゆたの流も 正眼には 見ることなけむ わが歸りなば