和歌と俳句

齋藤茂吉

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八郎潟

年老いて 吾来りけり ふかぶかと 八郎潟に 梅雨の降るころ

ひといろに さみだれの降る 奥にして 男鹿の山々 こもりけるかも

陸も湖も ひといろになりて さみだるる このしづかさを 語りあひける

潟に沿ふ 平野を舟より 見つつゆく おりたつ鳶も 形おほきく

この潟に 住むうろくづを 捕りて食ふ 業もやや衰へて 平和来し

時惜しみて われ等が舟は 梅雨ふる 八郎潟を 漕ぎたみゆくも

しかすがに 心おほどかに なりゐたり 八郎潟の 六月の雨

ここにして 西北ぞらに 見がほしき 寒風山は あめにこもりぬ

白魚の 生けるがままに 善し善しと 食ひつつゐたり 手づかみにして

風のむた 波だちそめし みづうみに 鵜のひとつ飛ぶ ところもありて

北へ向ふ 船のまにまに 見えて来し ひくき陸山 くろき前山

三倉鼻に 上陸すれば 暖し 野のすかんぽも 皆丈たかく

あま雲の うつろふころを 大きなる みづうみの水 ふりさけむとす

眼下の 行々子の鳴く ところあり ひとむら葦は くうごきて

あまのはら うつろふ雲に まじはりて 寒風のやま 眞山本山

二郡 境ふ岬の うへにして 大きくもあるか このみづうみは

岬なる 高きによれば かの舟は 歸りゆかむと 帆をあげにけり

あかあかと 開けはじむる 西ぞらに 男鹿半島の 低山うかぶ

水平に 接するところ 明くなり けふの夜空に 星見えむかも

わたり鳥 たとへば雁の たぐひなど ここに睦みけむ 頃ししのばゆ

空襲の 炎をあびし 土崎の 油田地帯を たちまち過ぎつ

高清水の 屯田兵の いにしへを 聴きつつ居れば わが眼かがやく